農家の嫁が働きながらこっそりつぶやく独り言

~仕事のこと、農作業のこと、家のこと、子どものこと、 何気ない出来事 ~

【たとう紙の山を目の前にして】

私が勝手にお慕い申し上げている上司がいるのだけれど、先日、この上司より、突然呼び出しがありました。
なにやらどきどきする私。

非常にプライベートな話になるのだけれど、という前置きの後、自宅にある着物を引き取りに来てほしいとのことでした。
はじめはお断りしたのだけれど、譲るなら本当に着物が好きで、必ず着てくれる人に譲りたいということ、私が引き取らないものは惜しくもなんともないので、ゴミとして捨てる予定だというふうに言うものだから、ついに根負けして、ご自宅にお伺いしたのです。

なぜ、この上司が私に着物を譲る気になったのか、、、。

仕事で、一度だけ、着物を着たことがあります。
5年ほど前になりますが、地元のとある自治会長さんが、紫綬褒章を授与されることとなり、その報告とお祝いのセレモニーで花束の贈呈をセンターで行いました。その時にプレゼンテーターとして壇上に上がり、市長に仕えたのです。
私としては、着物を着ることで、お祝いの気持ちを表したかったし、出席されている方がすこしでも華やかな気持ちになればという想いもあり、打ち合わせ時に半ば勢いで、「着物でも着ましょうか?」なんて言ってみたのですが、当時のセンター長も係長も、それは大喜びで賛成してくれたのを覚えています。

セレモニー当日、着物を着てステージ袖で控えていた時に、「着物は自分で着れるのか」と、憧れの君に尋ねられ、「毎日着たいくらい好きだ」ということを答えたのだけれど、そのちょっとしたやり取りをずっと忘れずにいてくれていたのでした。

 

案内された奥の部屋には、大きな和ダンスが置いてあり、たとう紙に入った着物がほとんどすべて引き出しから出されていました。
たくさん積み重ねられたたとう紙を一枚一枚広げ、中を確認し、仕分けしていきました。

タンスに残っている着物は、上司のお母様が亡くなった時にかけるよう頼まれているものだということで、なんだか寂しい気持ちになったのです。
そして、上司に兄弟姉妹はおらず、お母様が美容師であり、腕の良い着付師だったこと、学生の頃は母親の手伝いで、重たい花嫁衣裳を結婚式場に運ぶ手伝いをしていたこと、結婚適齢期にあった出来事など、上司の若いころのお話や、今現在考えているこれからの身の振り方など、非常に個人的なお話をしてくれたのでした。


自分が選ばなかった着物が捨てられる運命にあることは、とても悩ましいことでした。それでも、今すぐ捨てるわけではないから、どうしても気になるものがあるなら、何度でも見に来たらいいよと言ってくださり、私も、自分が着なくても、知り合いに似合いそうだとか、あの人が好きそうだというようなものは、できるだけ引き取ることにしたのです。

そうやって、我が家にやってきた着物たち。




「捨てる」といいながらも、必ず着る人に、そして、着物が好きな人に譲りたいといって私を選んでくれたことがとても胸に響いています。そして、お母様のこれまでのキャリアとプライドに想いを馳せずにはいられません。
「これは特別な着物」という一枚はないけれど、いただいた着物すべてに「特別な想い」を感じずにはいられません。

たとう紙の山を目の前にして、静かに、着物が積み重ねてきた時間の流れと主の想いを感じています。