農家の嫁が働きながらこっそりつぶやく独り言

~仕事のこと、農作業のこと、家のこと、子どものこと、 何気ない出来事 ~

【振りかざされた正義の行方は?】

日曜日、地元の公民館総会があった。
義父は自治会長であり、地元公民館の館長でもある。

育成会の若手役員が、総会の事業報告の時にスライドを用いて、活動報告をしたいから、交流センターの機材を借りられないかと相談があった。
センターのプロジェクターやスクリーンは、センターの備品ではなく団体の持ち物なので、貸し出しはしていないけれど、状況を説明して調整して貸し出ししてもらえることになった。

日曜日、畑仕事の合間を縫って会場設営にかけつける。
休館日で閉まっているセンターに行ってセキュリティーを解除し、必要な機材を車に詰め込み、再びセキュリティーをかけて、地元公民館へ到着。
そこには義父しかおらず、広くもない公民館のフロアに、机と椅子とが所狭しと並べられている。机の上にはお茶とビールと総会資料が置かれている。
机の幅や間隔もきれいに揃っているし、机の上のお茶のラベルもビールのラベルも、きっちりと正面を向き、総会の資料も決められた位置に狂いなく置かれている。

そんな中、中央に一つだけ向きが異なっていて、何も置かれていない机があり、おそらくプロジェクターを設置するためにおいてあるのだろう、その机を指さし、

「ここにプロジェクターで、いいですか?」

と確認する。
スクリーンを置く場所を決めて、準備をしていると、

「この会場見て、どう思う?」

と義父が尋ねてくる。

完全仕事モードだった私は、不意を突かれて言葉に詰まる。

「きれいに並んでますね」

とか、

「準備が大変でしたね」

などと、気の利いたことがさっと出てこなかった時点で急に心拍数が上がりだした。


「準備するなら、こうやってきちんと気持ちを示すことが大事だ。

○○(長男の名前)が結婚する時も、こうやってきちんと準備しろよという、僕からのメッセージの意味も込めているんだよね」

と、とてつもなく飛躍した、そして、とてつもなく恐ろしいことを口にした。

返事に窮しながら、作業をする私。

 

そうしたら、すかさず

「返事もせんと、作業を続けているけれども、本当にわかっているんかねって思う」

と。

 

返事をしなかったのではなく、できなかった・・・そういう状況は想像つかないだろうな。


自分の価値に絶対の自信を持ち、正しさを押し付けてくる、その恐ろしさに、声も出ず、思考が止まりそうになる。
そして、長男の結婚という晴れやかなおめでたいときでも、面倒くさがってあるもので適当に済ませてしまう、お前はそんないい加減な嫁なんだ・・・そう言わんばかりのメッセージだと受け取った私は、気が遠くなりそうになりながら、なんとか自分を保つために黙々と作業を続けたまでに過ぎない。

「そんなこと私に言うな。直接自分の息子に伝えろ!」
時間が経った今なら、あんな切り返し、こんなツッコミ、いろいろと思い浮かぶのだけれど、あの時は、あまりの衝撃でひっくり返りそうだった。

心を落ち着かせて、なんとかこの場を切り抜けようと、一つ小さく深呼吸して、気難しい自治会長さんとお話しする完全仕事モードに切り替える。
半オクターブ声を高くし、にこやかな表情で、自治会長さんの苦労をねぎらい、そして自分自身がセンターで様々な人や団体さんによって、大切なことは何か、学ばせてもらって成長させてもらっている旨を、柔らかい表現を使って伝える。

私の優等生的おしゃべりに、義父もまんざらではない様子。
しゃべりながら手を動かしながら、プロジェクターの映り具合を確認してもらい、音声が必要になるかなどを尋ね、さりげなく作業に意識を持って行って、これまでの息が詰まりそうな窮屈な話題をなんとか終わらせた。


完全に勝負を放棄。でも、それでいい。というか、それがいい。
これまでも、義父とは何度か対話を試みてきた。
その度にことごとく打ちのめされてきた。
だから、義父とはずっと分かり合えないまま過ぎていくんだろうなと覚悟している。
「分かり合えない」というより、私の思っていることや感じていることを理解してもらおうと思うことをやめた、、、という方がいいのだろう。
自分の正義を掲げ、相手を息苦しくさせ、居ても立っても居られないくらいに追い詰める。決して譲らない、話を聴かない、論破しようとする、そんな人の相手をする技術も体力もエネルギーも強さも持たない。そして、そんなふうに思い込まされてしまっているのだ。


この日、あとから義母に聴いた話。
最近の公民館の役員会議の中で、とある問題に対する対応策として、義父が頼んだ役割に対し、

「私がするんですか?」

と問いかけた人がいるらしい。
義父は、その問いの真意を確認するまでもなく、その発言を「それは私がしなければならない仕事ですか?」と受け取ったらしい。

さらに別のエピソードも教えてもらう。
その人が過去のイベントの打ち合わせ時に、

「食器の準備と片づけが大変だから、紙皿と紙コップで対応してはどうか?」

と提案したことに対し、

「そうやってなんでも面倒くさがって安易な方法で済ませようとする。本当につまらない世の中になってしまった」

と、その場で意見せずに、家に帰ってきて愚痴ったそうだ。
準備と後片付けをすることが女の仕事で、そうでなくても地域に関わろうとしない人たちが増える中、負担を軽減して参加者を増やす方法の一つとして出た意見ではないだろうかと、推測したりもするのだけれど、義父にそういうものの見方はない。
できればそんなエピソードは、総会準備に行く前に事前情報として知っておきたかった。そうすれば、不意をつかれた質問に窮することもなかっただろうに。

その人のいくつかの言動に義父がとらわれ、思い通りにならないもどかしさが、今回の総会の義父の言動に繋がっているのだろう。
総会の会場づくりも役員みんなですればいいものを、「私の仕事ですか?というような人には頼むわけにはいかない」と、ムキになって一人で準備を進めたのだろうと、簡単に想像できる。


結果、その方が総会準備に来て、お弁当を配る手伝いをしようとしても、

「触らなくていい。ここは私がするから」

だとか、

「あなたは△△の仕事さえしていればいい」

とあからさまに嫌悪感を示し、追い詰め、居場所を奪おうとする。
そんなやり方を見て、心の底から悲しくなり、そして恐ろしくなった。

組織や集団のトップとして、自分の意見や考えを貫くことも、時には大切だ。
でも、いろんな人がいろんな意見や考えを持っていることを前提に歩み寄っていく態度がなければ、一緒になにかを成してことは難しい。
それでも、一つ一つの行事に対し、目標と目的を共有しておくだけで、どんなことに重きを置いて準備していくか、関わる人すべての気持ちがまとまりやすくなる。

正義を振りかざし、正論を唱えてくる人に対し、赤の他人であれば距離を置いて関わりを少なくすれば済むけれど、一つ屋根の下に住み、やれ農作業だ、やれ本家だと、ことあるごとに時代錯誤の家長父制度をちらつかされる暮らしは、本当に息が詰まる。
人をもてなすことに、ああしなければならない、こうでなければならないといった窮屈さが入り、おもてなしどころかそちらに気を取られてばかり。
自分らしくあろうと少し羽を伸ばそうとすると、こうやって牽制が入る。
思い返せば、20年間こんな思いで過ごしてきたのだなぁ。

なんの邪心も邪念もなく引き受けたプロジェクター設置のお手伝いなのに、思いがけず嫌な思いをして不愉快になって、2日も時間を要してやっとここに書き記すことで気持ちを落ち着かせる。
そんな嫁のつぶやきにお付き合いいただき、ありがとうございました。

初夏の日差しを浴びる若葉(柿の葉)