zoomの記事で、「枠」の話が出たから、ついでに。
zoomの記事はこちら↓
もともと自由な私。
束縛されるの大嫌い。
でも、旦那さんの家族と同居するようにになってからは、
そんなこと言ってられず、「枠」の多さに苦しめられました。
同居開始当時は、旦那さんのおばあちゃん、旦那さんの両親、
旦那さんの妹が一緒でした。
とくに、旦那さんのおばあちゃん、大正生まれ。
比較的裕福な家庭の長女に生まれたけれど、7歳の時に実母を亡くし、
継母に遠慮しながら、妹や弟の世話をしたそう。
農家に嫁ぎ、同居し、戦争を生き抜いてきた人。厳しかったです。
1歳になる長男をつれて、誰も知り合いのいない飯塚での生活。
妊娠と流産、次男の出産、子育て、そしてまた流産。
家のこと、農家の仕事、親戚付き合い(我が家は本家)、組内のこと。
どれも一生懸命するほど、「〇〇しなくちゃ」とか、
「〇〇でなくちゃ」っていう「枠」をしっかり固めてきたように思います。
でもね、どんなに頑張っても、「やって当たり前」でした。
子育てについても、そう。
子供のことを何か言われるたびに、
自分と子どもとの関わり方が悪いからなんだって、
子どもに対しても抑圧的だったかな。
今思うと、ほんと、子どもたちに申し訳なく思う。
言い訳すると、やっぱり、一生懸命だったんだと思う。
子どもたちのためにというより、自分のために、自分の「枠」のために。
家と畑、家と田んぼ、スーパーと学校、幼稚園。
私の行動範囲はそんなもんでした。
こんな感じで約7~8年間過ごしました。
私の「枠」が外れだしたのは、今から3年くらい前。
旦那さんのおばあちゃんが亡くなってから。
義父は、「The 公務員」だし、
旦那さんのおばあちゃんに育てられているせいもあるのか、
結構細かいこと言うし、面倒くさい性格。
逆に、義母は、おおらかで細かいことは言わないし、
マイペースで気にしない人。
私はこの義母の存在で本当に救われていると思っています。
だから、少しずつ少しずつ私の「枠」も緩くなったし、
同時に、世界がどんどん広がっていきました。
当時の私からは想像つかないくらい、今は「枠」外れすぎ(笑)
仕事をするようになったこと、自由に出歩くようになったこと、
家族の顔色をうかがいながらではなく、
自分の意志と状況を判断して、
自分で決めて行動することができるようになっていきました。
でもね、やっぱり、まだまだ私を悩ませる「枠」があるんです。
ずいぶん長く書き続けてきたので、
このあたりのことは、また改めて書きたいと思います。