農家の嫁が働きながらこっそりつぶやく独り言

~仕事のこと、農作業のこと、家のこと、子どものこと、 何気ない出来事 ~

【ノスタルジックな気持ち】

金曜日は、午後からお休みにして、お出かけしてきました。
お世話になっている先輩が、この春昇進したので、そのお祝い。


先輩注文のあおぞらクリームソーダと、私の注文したベリーのジンジャーエール
このジンジャーエール、お店の手作りで、ショウガとスパイスの味と香りが口いっぱいに広がって、以前お友達が作って送ってくれた「ショウガのジャム」を思い出させる味でした。


写真をノスタルジックな雰囲気に仕上げてみたのは、ここが私の故郷だからです。
福岡県北九州市若松区
創られたレトロな街並みではなく、まさにリアルレトロな街並みです。

区外の高校に通っていた私は、毎日渡船に乗って通学していました。
船に乗って通学!!
しかも、渡船運賃は20円(1990年ごろ大人20円・子ども10円)!!
同級生には、驚かれ、笑われ、いつしかネタに。
そんな過去もあったけれど、今でも渡船、通称ポンポン船大好き。
私の海好きの原点かも・・・。

私が若松を離れる頃、海沿いの景色は、おしゃれなガス灯に見立てた街灯やレンガ仕様の護岸など、レトロを売りに整備されました。私が通学路として使用していた時は、こんな洒落た景色ではなかったはずです。でも、昭和初期に建てられたビルが現役で使われていたのは確かだし、今もそのまま使われているのは珍しいと思う。


今回はおしゃべりに夢中で、散策したり写真を撮ったりしていないのだけれど、私の「庭」とでも呼べるくらいの場所を特集した記事を発見したので、貼り付けておきます。
この記事には、若戸大橋の写真も、ポンポン船の写真も載っています。
ちなみに、若戸大橋は、今年の2月国指定重要文化財に指定されました。
「東洋一の吊り橋」と謳われた(建設当時)真っ赤なボディの若戸大橋、ぜひご覧くださいね。

saga-port.com


道幅の広さには理由があって、積み下ろした石炭を汽車で運んでいたため、線路が走っていた場所がそのまま幹線道路となっているためだったと思います。
子どもの頃は地面に埋め込まれたレールがまだ残っていたような気がするなあ。

生まれ育った場所は特別で、今そこで生活していないからこそ哀愁を感じるわけで、まさに、「ふるさとは 遠きにありて 思うもの」(室生犀星)を感じてきました。